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スタッフブログ

[2010.07.31]

芯のある言葉

私は芯のある言葉を使える人をとても尊敬します。

無駄なものを削り落し、自分自身の思いを

透明感ある言葉で表現できる人を心から尊敬します。

 

自分がそう出来ないせいか、憧れの眼差しです。

なので、言葉を扱う職業の人をとても尊敬します。

詩人、作家、コピーライター、脚本家・・・・・。

 

言葉にはわたしたちの心をなにものからかパッと一瞬にして解き放ってくれる

そんな偉大な力があると思います。

でもその偉大さは、言葉の使い手が、自分の奥深くまで掘り下げて、

ようやく到達した普遍の真理について語っている場合にだけ

感じられるのかもしれません。

 

そんな言葉に出会ったとき、浄化が起こったように、

ホロホロと心の垢が落ちていくのが分かります。

それが時として涙になったりします。

 

今日は私の心の浄化装置、お気に入りの詩をいくつか

紹介いたします。

 

 

「わたしを束ねないで」  新川和江

 

わたしを束ねないで

あらせいとうの花のように

白い葱のように

束ねないでください わたしは稲穂

秋 大地が胸を焦がす

見渡すかぎりの金色の稲穂

 

わたしを止めないで

標本箱の昆虫のように

高原からきた絵葉書のように

止めないでください わたしは羽ばたき

こやみなく空のひろさをかいさぐっている

目には見えないつばさの音

 

わたしを注がないで

日常性に薄められた牛乳のように

ぬるい酒のように

注がないでください わたしは海

夜 とほうもなく満ちてくる

苦い潮 ふちのない水

 

わたしを名付けないで

娘という名 妻という名

重々しい母という名でしつらえた座に

座りきりにさせないでください わたしは風

りんごの木と

泉のありかを知っている風

 

わたしを区切らないで

,(コンマ)や.(ピリオド) いくつかの段落

そしておしまいに「さようなら」があったりする手紙のようには

こまめにけりをつけないでください わたしは終わりのない文章

川と同じに

はてしなく流れていく 拡がっていく一行の詩

 

 

 

「自分の感受性くらい」  茨木のり子

 

ぱさぱさに乾いてゆく心を

ひとのせいにはするな

みずから水やりを怠っておいて

 

気難しくなってきたのを

友人のせいにはするな

しなやかさを失ったのはどちらなのか

 

苛立つのを

近親のせいにはするな

なにもかも下手だったのはわたくし

 

初心消えかかるのを

暮らしのせいにはするな

そもそもが ひよわな志にすぎなかった

 

駄目なことの一切を

時代のせいにはするな

わずかに光る尊厳の放棄

 

自分の感受性くらい

自分で守れ

ばかものよ

 

 

 

「表札」  石垣りん

 

自分の住むところには

自分で表札を出すにかぎる

 

自分の寝泊りする場所に

他人がかけてくれる表札は

いつもろくなことはない

 

病院へ入院したら

病室の名札には石垣りん様と

様が付いた

 

旅館に泊っても

部屋の外に名前は出ないが

やがて焼場のかまにはいると

とじた扉の上に

石垣りん殿と札が下がるだろう

そのとき私がこばめるか?

 

様も

殿も

付いてはいけない

 

自分の住むところには

自分の手で表札をかけるに限る

 

精神の在り場所も

ハタから表札をかけられてはならない

石垣りん

それでよい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カテゴリー: カテゴリー:  投稿者:アミカ @ 21:28
[2010.07.31]

久しぶりの更新。

前回のブログから随分時間が過ぎてしまったようで。

本人は夢中で毎日を過ごしていて、

約2カ月もブログを書いていなかったなんて日付を見てびっくり。

恐ろしい恐ろしい。

こうやってあっという間にこの一生も過ぎていくのかしら。

ならば益々一瞬一瞬を愛おしまねば。

 

 

カテゴリー:  投稿者:アミカ @ 19:00